このアルバムから流れ出てくるものは、時代を超えた、純粋なタンゴのひびきだ。 タンゴに新しいエネルギーを与えて前進させたアストル・ピアソラが亡くなって、もう12年になろうとしている。ピアソラの音楽の、あまりに大きな魅力が、かえって悪影響になって、より若い世代の自己表現の障害になっていた時期もあった。でも最近はアルゼンチン本国はもちろん、世界各地で自由なタンゴ表現をするミュージシャンもふえて、楽しみな時代になってきた。 ただし、かなり多く発表されている新しいアルバムを聴くと、古くからタンゴを愛して来た人間には、タンゴ本来の感覚と異質なものを感じて「ちょっと違うなぁ」と思わされる事が少なくない。これらがやがては淘汰され、古い根に統合されて、新しいタンゴの正道になるのだろうけれど。 この混乱の(?)時代に、ついに登場した、この京谷弘司のアルバム。----そうだ! これがタンゴなんだ! 昔からタンゴに不可欠だった、一種の重い感覚、深い精神が、ここには生きている。 もちろん、昔のスタイルそのままで演奏しているわけではない。アストル・ピアソラの作品は1曲しかないけれど、彼の音楽感覚や、いわゆるフュージョンした表現法は随所に入っている。でも、それらもすべて、純粋なタンゴの魂の発露になっている。 日本では、タンゴは昭和初期から演奏されていたと聞くが、本格的なアルゼンチン・スタイルの楽団がたくさん活躍しはじめたのは戦後のことだ。1950年代がひとつのピークだっと思う。 京谷弘司は、その隆盛期の空気を吸っている人だ。といっても、どっぷり浸かっていたわけではない。それには若すぎた。故郷の大阪で、お兄さんのやっているタンゴバンドの端っこでバンドネオンを持ってすわっている少年だった。お客に大編成と見せるための小道具みたいな役目。音を出すと怒られた! いま日本最高のバンドネオン奏者である(と、わたしは確信している)人も、最初は弾けなかったのだ。 ここで言いたいのは、京谷弘司はタンゴの原点を知っている人だということだ。 ピアソラは、ある若いミュージシャンに言った。「バンドネオンを学ぶ気なら、おれのところなんかに来てもだめだ。どこかのダンスバンドに入って、毎晩チャンチャン・チャンチャンやってろ。そうしなければタンゴは解らないぞ」 ピアソラはまた、タンゴには垢(あか、スペイン語でムグレ)が必要だとも言った。 京谷弘司のタンゴには、そういうものがある。肌にしみこんだ現場の匂いがある。 それがタンゴ本来の薫りだ。 このアルバムの共演者は、もう長いあいだ京谷弘司のタンゴになくてはならないピアニスト(彼のアレンジは彼女が弾かないと成立しないほど)、淡路七穂子だ。そして、バンドネオンの史上最高峰レオポルド・フェディリコとともに父子二代にわたって弾いているコントラバス、オラシオ・カバルコス。ヴァイオリンは兄弟で今日のタンゴ界の中心で大活躍のミゲル・アンヘル・ベルテーロ。----みんな、日本のファンには顔なじみだろう。 バンドネオンが統合する、すべての時代を包括したタンゴのひびき・・・・・ただただ、この空気を吸ってください。